禅問答
「禅問答」という言葉の意味や使い方について解説します。
この「禅問答」とは、はるか昔からある言葉ですが、みなさんはご存知でしょうか。
読み方は「ぜんもんどう」となります。
禅宗の修行法のひとつを指しており、修行僧が疑問を問うて、師家がそれに答えるものを指す言葉です。
これが転じて、はたから見ると何を言っているのかわからない会話や、噛み合っていない会話などについても使われます。
今回は、禅問答と言える場面での例文も解説するので、この機会に「禅問答」について詳しく知っていきましょう。
禅問答の意味とは
禅問答という言葉の意味について解説します。
読み方は「ぜんもんどう」となります。
この禅問答という言葉の意味は、大きく分けて2つあります。
まず、1つ目は「禅宗の修行法のひとつ。修行者が疑問を問うて、師家がその疑問に答えるもの。」という意味になります。
そして、2つ目は「何を言っているのかはたから見るとわからない問答。話が噛み合っていない珍妙な問答。」という意味になります。
使い方の例文としては「まだ幼い兄弟の口喧嘩は禅問答だ。」といった表現があります。
また、禅問答と言える話面の例文を会話形式で解説すると、
A「お父さん今日のお夕飯はなにが食べたい?」
B「夕飯はまだ食べるか食べないかわからない」
A「なんでわからないの?」
B「わからないものはわからない」
A「外で食べるなら外で食べる。家で食べるなら食べるとはっきりしてください。」
B「食べる。」
といった会話です。
禅問答の使い方・例文
- 幼い兄弟は、どちらもなにを言っているのかわからない禅問答のような喧嘩をしている。